いのちの記録

心臓病になった看護師チチ

#66 自分も生き、他人も生かせ

 

2日間の座学研修は新鮮だった。


久しぶりに感じる精神科病院の雰囲気
ヽ(=´▽`=)ノ

院内見学も私にとってはピクニック。

「ここで働くんだ。私はまた働けるんだ。」

私の心は働ける喜びで満たされていた。

もれなく焦りも(・∀・)


倒れて休職してから9ヶ月、長かった。。。

 

●精神鑑定留置
 

転職先にこの病院を選んだのは年収だった。

その次に、病院の特色だった。


犯罪行為をやってしまった人が精神鑑定が必要になって一定期間精神病院に入院する制度があるのだけど、そういう人を受け入れる病院だった。


その制度を「精神鑑定留置」というんだけど、皆さんもニュースで聞いたことがあると思う。

刑事事件を起こした人(被疑者・被告人)の責任能力があるかどうか精神鑑定医が診断する。


その対象者の看護をするのがそこで働く看護師で、私はその分野で看護をしてみたかった。

 

元々私は高齢者看護が大好きで、やりがいを感じていた。


精神科病院も高齢化が進み、入院患者の多くは高齢者だ。


精神鑑定留置の対象者の病棟に配属されなかったとしても、別の病棟で高齢者の精神看護をすることになる。


当時の私にとってはベストな転職先だった。


この病院の特色に惹かれたのには理由があった。

 

●刑期を終えた人との出会い
 

遡ること19歳、私は大阪府西成区にある救護施設で、夜間高校に通いながら日中は相談員として働いていた。


救護施設に入所される人たちの背景は様々で、刑務所から出所されて自立した生活が送れなくて助けを必要としている人もいた。


違法行為をしてしまったとしても悪人なわけではない、という認識で10代から福祉職をスタートした。

 

サイコパス
 

色々ありながらも年月が経ち、私は38歳に。


ひょんなことから近所にいた元暴力団員で累犯者の男性と知り合った。


その人の名をサイコパス君としよう
\(^o^)/


サイコパス君は、ニコニコ挨拶する明るいイメージの人で、当時は一般企業で働いていた。


近所付き合いを数ヶ月続けた後、サイコパス君が困った状況になった。


その時サイコパス君はすでに家族に見捨てられ、頼れる友人がいなかった。


母親から愛されない苦悩を知っている私としては、サイコパス君を助けたかった。


彼は家族にも見放され、周りにも見放され。。。


「周りは全員敵」

と口癖のように言っていたサイコパス君に、人の温かさや愛情を知って欲しかった。


夫と話し、サイコパス君のために私たちにできることをやろうということになった。


そしてサイコパス君の世界に介入した私はすぐに病んだ。


自分がおかしな世界に足を踏み入れたような、今まで体験したことのない異次元にいる感覚に陥った。


自分が暗黒の生物になったような(・∀・)


彼に介入して2ヶ月、限界が来た。


呼吸をするように嘘をつき、一貫した無責任さがあった。

良心や罪悪感の欠如が顕著で、他者操作性があり、自分にとって得がある人にしか興味を持っていなかった。


「このままだと、みんな離れてくよ?」

と言っても全く伝わる相手じゃなかった。


私たち夫婦はサイコパス君と関わることをやめた。


サイコパス君は困っていたわけではなかった。

彼にとって都合が悪くなっただけで、利用できる人間を必要としていた時に私たち夫婦が近くにいた。


ということで、ただただ利用されていただけだった。


チチショック_| ̄|○


その時にはすでに私は病みのどつぼにはまっていて、カウンセラーに助けを求めることになった。


サイコパス君に深入りしたのは私に見る目がなかったし、もしそうでなくても助け方を間違えたと自分を責めていた。


カウンセラーの先生には、「サイコパス君に深入りしてしまったのは、私と母親との関係も原因だよ、トラウマをケアしていこう」

という予想外の原因にビックリしたけど、幼少期からの苦悩はトラウマだったのか。。。と知り、今後のためにもしっかりカウンセリング受けようって意識に変わっていた。

 

人間関係の中で、近付くと危険な人は必ずいる。

 

 

●「困った人は困ってる人」


当時はしんどかったけど、サイコパス君に今では感謝している。


彼のおかげでカウンセリングでトラウマケアができたし、人をよく見るようになったし、楽しい時もあった。


精神科医の松本俊彦先生が「誰がために医師はいる」という著書の中で言っていた。


「困った人は困ってる人」


大変恐縮だけど、私も激しく共感する。


救いようのない人は存在する。


けど、助けが必要な人はそれ以上に存在する。

 

自分も生き、他人も生かせ
 

自分の人生をより良くしたい、救われたいと思う人を自分が見極め、手を差し伸べればいいんじゃなかな、と私は思う。

 

困った時はお互いさま、私も誰かに助けられ、誰かを助ける。


人生ってきっとそういうふうにまわってるんだと思う。


19歳の時、救護施設で働いていた時に知ったことわざがある。


「Live and let live」


直訳では「 自分も生き、他人も生かせ」なんだけど、

意味は「人は一人で生きているわけではない。それぞれ助け合って様々な人が共存している」 ということ。

 


●まとめ


サイコパス君との関わりのおかげで、また犯罪心理学にも興味を持ち、そういう面で困っている人の看護ができる場ということでこの病院に志望した。

犯罪をした人すべてが悪人なわけではないと思う。

元来、人は罪人だ。

人間至上主義の地球はバランスを崩し、自然は破壊され、生物たちは追い込まれている。

って話がぶっ飛び過ぎたのだけど。

 

困ってる人がどんな立場や状況であれ、その人の背景を考えて、その人に必要な看護を考察して実践できる看護師になりたいな。

 

 

2日間の研修は夢中だった。

これからどんな看護師人生になるのか、精神看護と老年看護の勉強で忙しくなっちゃうなー(≧∇≦)/と頭の中は『直進前進猪突猛進』継続中だった。

 


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